モグラの繰言 2010.06

日本国の借金増大 [0629]
左図出典:社会実情データ図録内の「政府債務残高の推移の国際比較

日本国は、ずっと赤字財政に悩まされ続けているが、改善の努力もなされないまま、借金だけが積み重なって来ている。
ただ、“赤字国債残高”が、一時的に下降したのは、小泉元政権下でのみ。(左図赤矢印)



一人2票 [0627]
参議員選挙は来月7/11だそうで、一応投票したい方向だけは決まったが、具体的には誰に投票したらよいものか?
党派はこちらだが、当地区の適当な候補者はこちらだし...と思っていたら、実は気が付いたら、今は一人で“比例代表”と“選挙区”の2票も投票出来るシステムだった!
つまり、複眼的に(あるいは矛盾風?に)“党派”と“候補者”を、別々に選ぶ事も出来るわけだ。
そんな事をすると、益々“締りの無い国政”になるかもしれないが、自分の思いの丈を示すにはそれしか無いだろうな。
それにしても、各党派の調子のいいことだ。財源も無い のに、平気で、“あれも、して差し上げます♪これも、して差し上げます♪”って、よく云えるねぇ。
一人くらい、“この先大変だから、皆んなで出費を削って行きませんか?”と言う人は居ないのかねぇ。
(それだと、投票してくれる人も、居なくなるか?いや、少なくとも1票はあるなぁ)

残念! [0625]
あーっ!ドイツに、先を越されてしまった!
本来なら、財政赤字改善が急務の日本が、デフレを容認して織り込みつつも、財政再建に一番手で歩み出すべき処なのに、ドイツが先にやり始めたようだ。(どうにも出来るものでもないが、ちょっと、悔しい!
このドイツ方式は、減税をやめて歳出削減をするらしいから、国民の側も大変な苦労を強いられるだろうが、目的と目標がはっきり示されて、それが理解出来たら、(意外に)皆が協力するのではないだろうか。
その点、日本では、“増税反対”は声高でも、“財政再建・健全化”には誰も触れないか、触れていても別の目的のための手段に使われているだけなのが、寂しい。
池上 彰さん、是非、その辺りの解説・誘導を、お願いしま〜す!)

欧米かッ [0625]
(多分、“貧者のやっかみ”だろうが、)1億円以上の年収には、目を剥きたくなる。
まぁ、昔でもトップは、黙ってそれくらい/それ以上は取っていたのかもしれないが、公開されるようになって、庶民も知る事が出来るようになったわけだ。
(それにしても月10万円以下で生活している家族を思うと、醜い世の中だ)
欧米の経営者は、会社が赤字でも高額報酬を掠め取るらしいが、あんな“没義道(もぎどう)”は、この国では決してやらないで欲しい!(出来るものなら、それが欧米かッ!って、頭を叩いてやりたいが)
勿論、どんな企業・集団にも脳あるトップは必要だろうが、パソコンがCPU(頭脳部)だけで動作しているわけではないのと同様、周辺あってのトップだ。
会社が儲けた時は、“客=社会”や“従業員=会社全体”や“周り=下請けや取引先”の力添えがあったからで、決して経営者だけで儲けたわけではない。
是非、“日本企業人”は、そのを、(“単純欧米化”から脱皮して)“近江商人の理念=三方よし”へ回帰させて欲しいものだ。(それこそ、先駆的スパイラル・アップだと思う)

増税不可 [0620/0623]
いよいよ、参議員選挙だそうな。
今回は、民主党の“事業仕分け”の功あって?自分なりにも、随分色々考えさせられたので、誰・何に投票するかがはっきりして来た。
まず、自分や自分達の“現世の利益 ”よりも、“子供達・孫達の将来の利益”を優先して考えてやろうと思っている。
そのためには、誰・何を選ぶかは、難しい処だが、少なくとも“経済成長案”は、これまで散々試みられて来て、結局は教育の荒廃や底辺層の増加、そして赤字国債増加の一途だったから、続けるのは、もう無しだ!
“老人福祉”も、そこそこにしないと、若い人達の頚木(クビキ)を重くするだけ。自分も年寄りだから、“年寄りは早くしね!”とは、表立って言えないが、それも黙考すべきだろうな。(要は、必要かもしれないけど、“収入が減って来たから、支出も抑えよう!”ってこと)
まぁ、当面は、“増税はすべきでない!”の選択しかないだろうと思っているが、名古屋の河村市長も無念の延期らしいし、まだ世の中はどう動くか分からない。ま、時間を掛けるよりほか、仕方が無いかも。
(税収減に10年、歳出抑制にあと10年か。。。)
それにしても、“プライマリーバランス ”って何語?もしかして、“受け売り経済(学)界”は、普通の日本語も使えないのかなぁ?技術界では“はやぶさ”のような先駆的ものが出て来るのに、経済(学)界では、未だに“人まね”だけとは寂しい

責任は何処? [0616]
事件の後の夕刊報道(左記事)を見て、“あっ!これは拙いなぁ”と思った。
行き着く先は、“学校側が、何も手を打たなかったのが、悪い”と云う事になりそうだからだ。
はっきり言って、それは違うのだが、学校側は常に責められる弱い立場になってしまう。(“善意の側”は、常に弱い)
この責任を、加害者のご両親に負わせるのも、今の世の中の在り様では、難しいだろうし、お気の毒かもしれない。
しかし、だからと言って、学校側や教師にその責任を擦り付けるのだけは、止めた方がよい!
責任を問うとすれば、“気に入らなければ、自侭に、他人に何をしても/傷害を与えてもよいとする、今の社会”だろうな。
特に、それらを臆面も無く/平然と唆(そそのか)し続けている点で、“漫画業界”や“ゲーム業界”の責任は、重い!(感想の自由?
その次は、他の誰の責任でもなくて、当人達の自身の責任だ!自分自身を抑制・制御する技を、身に着けなさい!

安楽死法案 [0614]
死を選ばざるを得なかった事は、お気の毒だと思う。(左記事)
しかし、(自分の生を継ぐべき)息子さんに“殺人の罪”を負わせたらしいが、それの方がもっと問題だ。
もう、ご本人を責めても仕方が無いし、もし、仮に社会全体で救ってあげるとしたら、今の下手な“保護法”などより、“安楽死法案”の方が、ずっと効果的かもしれない。
本人の意思が堅く、周りも同意するなら、第3者委員会みたいなので判定をした上で、国が“安楽死”を許可・代行する法案。
あの段階・状況では実際救えもしない“生の尊厳云々”や各種”保護法”なんて云う“(社会自体の)自惚れ思想”よりは、余程思い遣りのある処方だと思うが、どうだろう?
(社会全体の“自惚れ ”と言えば、“再犯を繰り返す犯罪者達 ”を、更正させられると思い込んで、飽きもせず世の中に出して来る事もそうだが、現実の実力を知らない者=社会のやる愚事って、意外に多そう。また、知っていて努力する者=人も多いが)

借金は財産? [0610]
左の記事(<クリック>で拡大)を読んで、“何と、言い包めるのが巧い!/下手?なのだろう”と感心。
現代の経済・金融界は、社会の“必要悪 ”だと見ている者からすると、こんな説は馬鹿々々しい限りなのだが、業界紙に堂々と載せて貰えるのだから、恐れ入る。
それにしても、“自分の借金(国債)を、子や孫にそのまま引き継がせれば、(国庫は)破綻はしない”とは、よく言えるものだ。
今では、その利息が、膨大に膨れ上がって来ていて、税金の大半がそれに喰われている事などは、無視している言い方だが、結局は“ハゲタカ・ファンド的見方 ”なら、“国庫・国民・庶民一般”が損をしたって、ちっとも構わない、取れるならどんどん掠め取れ!って事なんだろうな。
しかし、一般コラムなら、“誰が得をして、誰が損をしている”かくらいは、明記・併記してくれなくっちゃ!

破れ財布 [0609]
今日の新聞の見出し「最小不幸社会」を見て、“あぁ、やっと、現実的に物を言う首相が出て来た”と思った。
従来型の政治家は、国民全部の声や希望を、何でも聞きます♪満たします♪と景気良く云うだけだし、勢い余って“幸福実現糖 ”なる身勝手なお題目まで出て来る現状だが。
しかし、もう国庫・財布が破綻する不幸が目の前に見えているのに、それで皆の幸福を増進させる事など出来るはずが無い。
では、どうするか?“限られたお財布の中身の範囲内で、出来るだけ“お互いの不幸”を減らすよう、努力しましょう!”と云うのが正論ではないか。(大借金がステータスだった時代は、今は昔の物語。それに、国家財政の破綻に、今流行りの?司法書士が相談に乗ってくれる訳も無い。それとも、多重債務で自己破産 したい?)
菅総理も、本当は、“皆さんが少しずつ不幸になってでも、ボロボロに破れたお財布を、子供達のために繕いましょう!”と言いたいのではないか? だが、そんな話、皆はまだ聞く耳を持たないから、もう少し後かな。

経済不成長 [0605]
日本の経済・金融界にも、日本の現状をちゃんと分析して、今後の日本経済の在り方、政策の打ち出し方について考えている方も居られるようなので、少し安堵。(左記事&<クリック>)
この意見には、当方も賛成Opinion2[0105])なのだが、実は、更に、今のデフレは、日本の赤字国債借金を減らそうとする日本人の無意識的・本能的な行動ではないか、との仮説も持っている。
贅沢な高級品志向・物欲志向は、一部の人達には、それが生甲斐にすらなっているようだが、一般の人、特に若者達は“物への拘り”が薄くなって来ているそうだし、美的センスも知的センスも低レベル(広く浅く)で一向に構わないという風潮があるようにも見える。(当方自身も、そうなのだが)
こういった“低レベル化傾向”は、年寄り が“顔をしかめる”事であっても、実は、年寄り世代 が成長経済を通じて造り出して来た巨大な赤字遺産を、形を変えて黙々/営々と返済しようとしている姿なのかもしれない。つまりは、収支を抑えて、“慎ましい生活行動”に戻ろうとしているわけだ。
ところが、一方で年寄り連 は、まだ、増税だ!まだ、経済活性だ!などと、更に赤字国家予算を膨らまそう/喰い散らかそうと騒いでいるから、もう無茶苦茶!(子供を大事にする日本の将来、なんて、わしゃ知らん!か? )
(他方、“低レベル化傾向”は、単に、“エントロピーの増大則”だけで、あっさり説明が付くかも知れないのだが。(-,-;?)

天声? [0603]
朝日新聞の“天声人語(実は、この題字は酷く嘘臭い と思っているのだが)を見て、何と上手く纏めてあるのだろうと感心したが、“待てよ?”と気になった。
(特に、卑下するつもりも無いが、)自分が同意して、感心するくらいだから、どうせ価値的には大した事は無かろう。
本当に有用な意見は、“苦(にが)いけれど、しぶしぶ認めないといけないようなものだ”と、常々思っているから、見栄え/目・耳当たりの良い意見は、あまり役に立たないのが常。
例えば、選挙で誰に投票するかは、「“知らない、分からない♪”などと抜かさずに、あんた達自身がこまめにちゃんと調べて、あんたの責任で決める事だぜ!」とでも書いてあれば、苦(にが)いけど、多少は有用かも。(だけど、その前に、“何を小癪な!”と思ってしまうかな?)

無責任? [0601]
“公言”した事でも、平気でひっくり返す/うやむやにする/ないがしろにする人を、果たして一国の首相においといてよいものだろうか?
勿論、当人にも言い分はあるだろう。“殿様の公言は、手下どもへの指示でもあるし、それをちゃんと、よき様に取り計らわなかった配下も悪い!”と。
しかしねぇ...配下が出来もしないことを、粋がって公言するのは、上に立つ者のすべき事ではないし、むしろ上に立つ“能が無い”ことを現しているのでは?
見る処、ご自分の評価さえ正しく出来ていないらしいのは、甚だ困る。(まだ、続投出来ると思っているらしいが)
これが、民間の会社役員などなら、即刻首にはならないまでも、降格 は免れないのだがなぁ。

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