モグラの繰言 2010.07

学力試験 [0731]
面白い評価だねぇ♪毎回同じか、前より悪くなっているのに、毎回同じ『課題』があるんだって!
なぜ、ずばりと言わない/言えないのかねぇ。今の教育制度・方式では、もうダメなんだって!(云うと、沽券に係わる?)
ではなぜ、創造的な改革案が出て来ないのか?それは、今の教育制度で育って来た人物達が“教育”をやってるからだろうな。(えっ、違う?だったら、鮮やかなお手並みを拝見したいものだが)
今回露呈した問題点を、2,3挙げてみようか。
 1.円の面積の計算式など、「九九」と同じで覚えるだけだぜ
 2.“教え方”の工夫って?職人技が要求されてるの?
    (それじゃぁ、サラリーマン日教組 も嫌がるわなぁ♪)
 3.自学自習が出来る子供達ほど成績が良いのは、当然だ
 4.教室内での自学自習の促進策、もしかして“(放置式)ゆとり教育”だったのかな?
    (自習させるってのは、“指導無しの放置”とは違うんだよなぁ。教師も教育委員会も、「ヨコミネ式」を見習っては?)
 5.幼児期の環境に左右されるなら、先ずそこから改善だろ?!
蛇足:PCで、3Dモデルを描いていた時、どうやっても閉空間にならない図形、見る角度を変えてぐるっと斜めにして見たら、先が別軸の方へズレていて、外周線が繋がっていなかった♪2Dしか知らなきゃ、出来ないかな、そんな見方?

子供達が危ない! [0730]
親の子供虐待・殺児が、日常化して来たようだが、これは、とても良くない傾向だ!
これから、もっと子供を重視し、大事にしたいと思っている人達・我々には大変辛い事だし、子供達に“本能的な敵意 ”を感じている親達も居る(増えて来た?)って現実に直面しているのだ。
これには、どんな手を使ってでもいいから、“子供達の保護を強化する法律”を早急に作って、施行して貰わないといけない。
“少子化対策”とか、“子供手当て”のような“明後日の話 ”ではない!是非、直ぐにでも、議員達が動いて欲しいものだ。

民間の活動 [0730]
先般から、呉 真由美さんブログを拝見していて気が付いたのだが、“ヨコミネ式”関連グループでセミナーもやられるそうだ。これなどを切っ掛けに、民間の“能力活性化”の活動の相互の連携・拡大を期待したいものだ。 (商業ベースだから、あまり期待は出来ないかな?)
こうした手法も、具体的な実績が上がって来ないと、なかなか信用されないものだが、結構実績が上がって来ても、取り上げるのはマスコミばかり。
一体、“文部科学省”などは、どう考えているのだろう?
(自分達で何も出来ないなら、思い切って“紐無し補助金”でも出して、“普及”を考えたらどう?)
頼みの綱
大体、国の行政機関は、(当然ながら)“過去の後追い ”がやっとで、革新の助けにならないと思う。(せめて、足は引っ張るな!そして、外国の真似は終れ!)
この先は、“知恵ある地方の教育委員会”が積極的に取り組んでくれて、“義務教育課程での高実績”を示してくれる事ではないかと思う。どうぞ、頼みます!<(_"_)>
得手不得手
ところで、こうした“改革の推進”は、女性の方が、世の男性達より、着実性・実力があるのではないかと思うようになった。男性は、ハングリィっ気が旺盛だから、改革の“尖兵”は努められるが、“主力・後詰め”はやはり女性だろうな。(兎に角、女性達自身が前に歩き出さないと、どうにもならん!)
早熟と短命
人間の心臓鼓動の総数は、生涯で決まっているそうだから、心身が早く成長すれば、それだけ短命になる可能性もありそう。しかし、これは大変良い事だと思う。常に、活性な個体群が、世の中を構成するべきで、不活性になった個体が、だらだら と社会のお荷物になるだけなら、どちらにとっても幸せな事ではない。
(景色は“桂林”風が良い、砂塵が舞う“砂漠”は暮らし難い)

死刑 [0729]

昨今、“死刑廃止論 ”が喧しいが、それを云う人達は、社会の中での”殺人”の意味が分かっているのかな?
先ず、失われてしまった『大切な人命 特に子供達』の方は、軽視・無視してるんだぜ!そちらの方は、どうしてあげるの?
しかも、数人以上殺さないと、重罪にはしないらしいのを、不自然だとは思わないの?(そんなに、殺人者一人の方が大事かい?)
理想主義なら、“殺人者を出さない社会造り”を言うべきでは?
死刑廃止論 なんて、ご都合主義の本末転倒論 だ!)
無期懲役
他人に怪我を負わせたり、他人を死に追いやった者は、即刻社会から排除すべきだろ!それなのに、“死刑廃止論者 ”は、排除せずに囲い込んで可愛がるの?誰のために、誰の費用で?そして、そんな力量が貴方達自身に在るの?(他人に甘えてか?えぇ加減にせぇ!)
コロニー
殺人者を自分達だけで養う自信があるなら、自力で、山奥の廃村に(司法お目こぼし)コロニーでも作って、そこでやってみたら?(費用は、自前が当たり前だが、寄付受け入れは構わない)
当人達が、立派に更正した/社会適応性が戻ったと立証出来たなら、一般社会に戻して貰っても結構だ。
ペット扱い?
近頃目立つのだが、もしかして、殺人者を、“責任感欠如”や“一時的精神状態”などとラベル/証紙を付けて、一種の“ペット扱い ”し過ぎてはいないか?(ペットなんだから、殺人をしても許してあげるって?)
しかし、(ペットの)殺人者を容認者達だけで飼うのは勝手だが、“国の費用=我々の血税”で、飼うのだけは止めてくれないか!(真剣な納税者より)

教育現場 [0726]
昨今の教育現場では、色々な不具合が頻発しているが、これらを改善する役割・責任を担っている人達は、果たして自分の義務をちゃんと果たしているのかな?他人のせいにしてない?
最終的には、“教育委員会”なり“文部科学省”なりの責務だろうが、多分旧態依然の小手先対処は一心にやっているかもしれないが、本当に必要な“根本的な改革”をする気は無いのか?を尋ねたい!(無いなら、意欲のある冒険者達にテーマを挙げさせて、報酬を賭してやらせてみない?)
現状を見るに、問題の元凶は、未だに“教える”事に拘っている今の義務教育の実施方法であって、これがもう今の時代に適していないのではないか。
義務教育を、全人教育? だ!などと欲張らずに、もっと単純明快な(高い)目標にして、子供達自身が喜々として、自主的に学ぶための路線を敷くやり方に、改革すべきだ!
そして、義務教育の教師・教諭がすべき仕事を、もっと“支援技術の練磨”に絞らせれば、やり甲斐のある職業になると思う。

これからの 導育は
そうした問題を解決するには、幼児期から、“できた!もっとやりたい!他の子に負けるもんか!”という子供それぞれの好奇心/満足感/挑戦心/競争心を上手に引き出す“導育技法(自作新/珍語)が有効だと思う。
そして、座学などは最小限にすべきで、どうやって自学自習を進めさせるか、どう競争・相互比較・評価させるかの方法論を選んで、それを助ける学校施設・設備の整理・整備をすることだ。
具体的な方法だが、野口式のように、あっさり“複数の教科書を、全部暗記してしまえ!複数解法・解釈がある内容は並列的に全部だ!”と、適時教科書を与えてやらせるのが、一番良い方法だと思う。
何十回か読めば、自然に頭に残るそうだが、事前に“速読技法”でも習得させておくとよかろう。
全体的には、横峯式あるいは公文式のような“楽しみながら練習&競争しながら練習&自慢し合いながら練習”が良いと思う。
結局、『先生』は前へ引っ張る役目ではなくて、“前方へ誘導するだけ役目”、時には、親と一緒になって、“後ろから蹴っ飛ばす役”に徹するべき。走るのは、先生ではなくて、子供達だ。
教育界は、義務教育では、“貧弱な秀才”を頭を揃えて少しでも多く育てるのではなくて、”知識ある凡人”を定常的に量産すべきだと、発想を変えではどうだ?(もう、全人教育なんて、過去の夢!)
巧くやれば、幼児期から10年くらいまでの義務教育期間で、必要な知識や解法は全部習得出来るのでは?後は、各自思い思いの方向へ/上級校へ行けるようにしておけばいい。秀才や天才は、勝手に好きなだけ伸びて行けるはずだ)
(“二学期制”の失敗はもういいから、教育界の次の挑戦には、こうしたテーマを取り上げて欲しいものだ)

読み物 [0725]
日本橋の帰り道、BookOffに寄ってみた。
乳幼児・幼年教育について、もう少し具体例を知りたかったので、その関係の本を探していたのだが、先に少し外れた所から眺めてみたいと思い、2冊買った。(どちらも、\105税込)
  *『「超」勉強法』 野口悠紀雄著、講談社
  *『父親は何ができるか』 ウェイン・W・ダイアー著、
            鈴木健二監訳、三笠書房
『「超」...』の方は、勉強・学習を“一種の技法”と割り切って、例えば、英語は、“先ず、教科書の丸暗記”を勧めていて、その方が“使える英語の習得が速い”という事だが、同意!
また、数学は“全体をざっと見て、凡そを掴む。更に、受験数学は、“丸暗記”だそうだが、同意!
囲碁、将棋だって、“まず定石を覚えよ!”と云うのが定石だ。
ただ、これらの手法を利用出来るのは、中学生以上らしいが、実際にはもっと高年齢でないと難しいかも。
(こうしたノウハウ本の対象は、手法を理解出来て、実際に実行出来る力が必要だから、やはり“出来る大人向け”だろうと思う)
『父親は...』の方の中身は、(殆ど同意見なので、)見解の再確認になってしまったが、残念ながら、今の日本では読者自らが実行出来るものでもない。(外での仕事とは、両立させられないからだ)
日本での実行役は、やはり母親主体になるだろうし、大多数はそれらを実際には実行しない/出来ない側に廻るのでは?との危惧がある。(その姿勢が、父親と違って、母親が“安定している理由”でもあるから)
(世の中の仕組み=教育制度などを変えない限り、こうした意見・見解も、本当に普及はしないだろうなと思った)


高負担? [0723]
朝日新聞の「」を見て、“スウェーデン”が、確かに世に云われる“理想郷”ではない事が良く分かった。が、それはまた、当然の帰結だろうとも思う。
国の収入に限度があって(常にどの国でもそうなんだが)、国民が/の高水準/近代的な生活を維持しようとすれば、必然的に“何処かで重い負担”はあるし、増えもするはず。
それが、スウェーデンでは、税金/現金で賄われているだけ。
本当は日本でも同じなのに、(政府が勝手にやっていて、日本人自身も平気な)借金赤字国債だから、見えないし、感じないだけ。それに結構預貯金も出来たしで、増税は単純に反対♪
だから、(重税の苦しさを、直接肌で感じない分、)むしろ日本の方が“理想郷”、いや“桃源郷”なのかもしれない。
(日本も、やがて一瞬にして、今ある(と思っている)預貯金がパーになるのに、誰も知らん振りしているだけだし、経済・金融の専門家 が云う甘言、“日本の財政は、まだまだ大丈夫! ”を空頼みしたい気持ちは強い。警告してくれる専門家の方は、異端として、真面目に扱っていないのが現世。そして、破局の後、救いの神様は、何処にも居なかった! ”と、悲嘆に暮れるのは、 “誰某のせいだー!”と他人のせい にするのは、何時ものことだし。何とか、どん底から、四苦八苦で這い上がるのも、通例だが、それは子供達にやらせれば済む♪ってことよ♪...xxめ!)

2歳の情緒 [0723]
上と同じ「」欄で見たのだが、乳幼児期に“”だけでなく、“”の方も豊かに拡がる可能性がありそうだ。
しかし、今の世の中では、そんな可能性があっても(更に引き出されず)、逆に家庭内や小・中学校教育で、抑えられてしまうのだろうな。
大体、日本人の感情・情操って、草食系特有の“穏やか”や“幽(かす)か”なものも結構多いが、最近は肉食系の“強烈な”ものも増えて来ているようだ。
そうした“情”のダイナミック・レンジの拡がりは(多分)望ましいことなのだろうとは思うが、子供達がその適切な制御方法を知って、自分でちゃんと抑制や解放が出来ないと、反社会的な結果を生むことにもなり、社会は刑罰などで強制的に抑制しなければならなくなる。
そうした“情操教育”は普通のやり方では酷く伝え難いだろうし、教えるにも“慎重さ/丁寧さ”が必要だが、だからといって、それを何もしないで良いって事ではない。むしろ、逆に積極的・能動的に伝える意思や努力が必要だと思う。
しかし、親の方は、未だにそれは“自然に身に付くものだ”と勘違いしているし、それを伝える技法伝える必要性すら認識していないから、子供達が持っている“可能性”も、早々と尻すぼみになってしまうわけだ。
(そうした面もカバーされている久保田も、横峯も、もっと広く一般に理解され、活用されないと本当に勿体無い!マスコミも頑張れ!)

速読/脳活性化 [0719]
速読(実は、脳活性化)にも興味があって、他人には勧めているのだが、悲しいかな!なかなか自分で継続してやってみるまでには至っていない。
世の中には色々な速読手法があるようだが、ある無料実験を自分でやって見て、面白い事に気付いた。
それは、Servicemall.jpSentan Business Research Ins)で無料サービスされている周辺視野拡大トレーニングの項での出来事。
1から25までの数字を探して、順番にクリックして行くだけなのだが、眼球を動かして数字を探す方法では、直ぐ時間切れになってしまう。(左/上写真<クリック>)
ところが、気合を入れて全体を見詰めながらやると、クリックしながらでも、(何故か!)直ぐ次の数字の在り処が見えて来るのだ。しかも、次はもっと早くやろう!とすれば、所要時間は少しずつ短くなる。(例えば、32秒→←→25秒とか)
逆に、一瞬でも気を抜くと、次の数字が見えなくて、オタオタ眼玉で追う事に。(当然、タイムオーバ!)
速読(実は、脳活性化)も、大人になってからだと、身体も脳も硬くなっているから、“今の自分に合う方法”を見付けないとダメだろうが、若年の内にどれでも?適当な方法で鍛えれば、(本が速く読めるだけではなく、スピードの速いボールも楽に見えたり、沢山の記憶情報を探って瞬間的に適切な判断≒この状況だと、ライト前ヒットの方が有利だ!とかが出来たりと、)多面的に脳の活用が出来るだろうと思う。
マリナーズイチロー選手も、実は、少年時代に、それに近い練習をして来たのではないか?
(他方、高校球児達も、身体を鍛える事だけでなく、脳の方も一緒に鍛えたら、皆んな大物になる!

導育の好例 [0717]
特に最近、幼年・若年層の教育/導育に強い関心があるのだが、偶々、山崎バニラさんの日記「オバ、ショーギやろう♪」を拝見して、“意を強くした♪”と、嬉しくて眼玉が飛び出した。
やはり、子供は幼児期からでも、きちんとガイドしてやれば、“大人と同じ振る舞いが出来るし/そのような扱いをすべきだ”って事の好例を見た思い!
育て方が良ければ、2歳からでも、ちゃんと希望が言えて、可愛いく身仕舞いを正す事が出来るようだし、4歳頃からでも(あの複雑・高度な)将棋を指せるとの事。(生の観察情報、感謝!<(_"_)>)
やはり、バニラさんご自身もそうだが、妹さんも子供の育て方に関して、確かなものをお持ちだ、とお見受けした。(愛情があって、“猫可愛がり”ではないのも素敵だ!)
(因みに、妹さんと協作の“子育て日記”などは ・・・ あ!もうノートには、メモ書きが一杯貯まってるか)

人材
ところで、新聞に興味深いコラムを見た。(左記事&<クリック>)
外国の人から見た日本は、やはり(自然資源は乏しいが、)“人材”は豊かだ、と見ているようだ。
(「導育」で、更に、その“質”を上げたいものだが、出来ないのは“子供の個性”だと勘違いしている親も多いからなぁ)

旧国鉄と日本国 [0715]
消費税関連で気になったのは、膨大な赤字国債を抱えた“今の日本”は、ちょうど“昔の国鉄そっくり!”に見える事だ。
旧国鉄は、長期債務を抱えながらも、いけいけどんどん♪で借金を繰り返し、競争の激化や経営合理化(人員・賃金カットなど)もままならず、遂に惨めな破局を迎えてしまったそうだ。(左図。参考:Wikipediaなど)
その病根は、旧国鉄の体質が“親方、日の丸 ”だったからだ、と云われて来たが、“今の日本”はどうだろう?
対比にちょうど良い悪例?だが、“消費税増税≒運賃値上げ ”で、病根も絶たずに、何とか小手先技で数年を乗り切ろうとしているように見えるのは、気のせいだけではあるまい。
また、旧国鉄では、「新線建設 など」をカンフル剤として、(一時凌ぎに)打ったらしいが、“今の日本”では「経済活性化策 」がそれらしい。(ほんと、学者って、過去の例から、何も学ばないんだねぇ)
旧国鉄は、うやむや?の内に親方が始末を付けたようだが、今度は“親方=今の日本”を、誰が面倒見てくれるんだ?(もしかして、“日本国の分割・民営化”か?でも、破産を誰が補てんする?まったく、漫画だね
旧国鉄再建の足を引っ張ったのは、何だったか/誰だったのか?を考えると、我々自身も/が反省すべき点が、沢山あるような気がする。
“今の日本”を“助けてくれる親方”は、もう自分達の他には、誰も居ないんだ!って事だし。
(これからの国策投資は、借金を返せる若い人達そのものへ向けるべきだな!それは良い『教育環境』だ)

増税? [0713]

今は、“責任論”が華やかだが、マスコミは、何故、対立するはずの官僚依存一辺倒だった)「自民党」と同じ増税方法を、(副大臣まで増やし、脱官僚を標榜していた)「(民主党の)首相」が唱え出したかを、追求しないのだろう?
赤字財政を手っ取り早く繕うには、消費税増税が簡単でっせ!民意も“止むを得ず”って云うように誘導しとりますし、へぇ、絵も描けとりま! 」と財務省辺りが(何故か大阪弁で軽〜く)云っていそうだが、さんは、それにあっさり乗っ掛ったような感じなのに。
(そりゃ、そう吹き込まれて来た「自民党」とも、当然、話が合うわなぁ)
赤字財政を収入増で賄いたいと思うのは、払出し担当役人の当然の発想だから、そんなのを議論 する前に、政治主導で、家計(国家財政)そのものを、どう切り詰めるかを考える/考えさせるのが、“当初の課題”だったはず。
(そりゃまあ、金遣いが の奥さんから、“あなた、今月も足りないわ!どうにかしてよ!”と云われたら、“へぇへぇ♪”って、サラ金 からでも借りたい気分になるんだろうけど、もう、“要る物は、要るんだ”式の出費では、ダメだって事を分からせられないんだろうか? それに、経済成長って“気付薬”も、ここ35年来ずっと借金(赤字国債)を増大させ続けているのに、まだそんな“麻薬 ”に頼るつもりなのか?)
今は、皆んなで、“消費税増税の危険性予測”と、“脱/官僚政治への期待継続”を、もう一度よく考える必要があるのではないか。(参考:時事通信社の資料−国債残高

教育税 [0712]
0歳児からの義務教育”や“幼児義務教育”など、色々提案もあるのだが、さて...それらの財源は、当然乏しい国庫から捻出しなければならない...何か上手い充填方法は無いものか? ...そうだ!良い案がある。
即効性・具体性があるのは、相続税を“100%-1,600万円”に増収税して、増加分をこれら教育に全額?充当する方法だ。
“税”と名が付くと、立法に手間隙が掛かって厄介かもしれないので、“次世代育成貢献法”とか何とかで簡単に立法化し、強制徴収する方法は無いかな?(実は、目的税の一種で、寄付強要策)
(尚、1,600万円は、現在の一家族の借金分だから、これは減免。だが、早くしないと増える一方。参考:借金時計
(また、税の二重取り は憲法違反とか、多額の税金には毒虫が沢山集まるなどの障害を、巧妙に排除する工夫も必要だろう)

勿論、多額貢献者は、栄誉市民・国民として顕彰されるべきだし、“国外脱走組 ”はお気の毒な非市民・国民として、単に、生暖かく見守るか・無視するだけでいいんでないの。
財産/遺産全部を、個人の子供だけでなくて、“国の子供達全部に引き継がせる”って、投資効果も大きく、愛情たっぷりで、大変格好良い振舞い♪だと思うが。
(勝手に、次世代育成貢献法”と名称を付けてみたが、官僚方が、全然別物の“次世代育成支援対策推進法? ”という法案を、あまり十分議論せずに改造中だそうな。少し読んでみたけど、下手糞な文章で意味ぐちゃぐちゃ。やれやれ...8/3付記)

幼児教育 [0712]
前に、“0歳児からの義務教育”について書いたが、並行して“幼児義務教育”についても、考えておくべきだった。
具体的には、横峯吉文氏が考え出され、実践され、実効を上げられているような“思想・志向・手法”が、大変良いと思う。(横峯氏のブログ
これもTV番組で紹介されていて、見て吃驚したことがあったが、暫く失念していた。多分、一種のエンターテインメントとして見ていたためだろうが、あっさり見過ごしてはいけない事柄だったのに。
教育官僚も“ぼやっ”としていないで、こんな手法を、どうやったら上手く義務教育にも取り込めるかを考えなさい!』と、政治家も、早く号令を掛けなさい!
“優れた子供達を育てる事”は、馬糞みたいな“経済成長策 ”よりもずっと“良質で、効果のある投資”だと思えば、他への投資を思い切り切り詰めてでも、やってみたい賭けではないか!

同性婚? [0710]
やれやれ、遂に世も末か!?同性婚などが、段々大っぴらになって来たようだ。
昔から、生物には、“雌雄同体”や“無性生殖”など、オスメスがそれぞれ独立していないで、子孫を残せるものも結構在ると聞く。
だから、人間もそのように変化していっても、別に驚くような事ではないかも。(まぁ、下等生物並みならば、の話だが)
しかし、自分の子孫はどうやって残すんだろう。えっ!残したいと思わない?(だろうな!でも、それは生物としての人間の本筋ではないのでは?)
お金持ちが、貧乏人の気持を忘れたい/知らないのと同じように、同性婚の政治家が、子供の事を気に掛けるとしても、精々1,2世代がいい処では?
そんな人種が、本当に子供達のために、将来性のあるいい政治が出来るとは思えないが。
こうした人達が、世の中に存在するのは仕方が無いとしても、世の中を動かす存在には、なって欲しくない。

乳幼児教育 [0707]
偶々、昨年から暫くの間、乳児を身近で観察する機会に恵まれて、色々考えさせられた。
その中で強く感じたのは、間違いなく“教育は0歳児から始められる”と言う事だ。いや、むしろ、それを怠っていると、俗に云う“頭の悪い子・大人”が出来てしまうだろうと見た。
頭の良し悪しが、生まれた時から固定しているとは、とても思えない。重要な事は、育て方/鍛え方なのだ。
ただ、従来型の母親は、今まで親から受け継いだ考え方や方法で、堅実に“放育”して来たから、“鍛える”などと言うと拒絶反応を起こすのが、大半かもしれないが。
最近、“久保田カヨ子”さんが、0歳児からの教育を提唱され、人気を博されているようで、大変喜ばしい!(左上写真。引用:くぼたのうけん
提唱されている「7か条+新7か条」の内でも、“賛同:幼児語で話すな!、異論:TVは見せよ!”などはあるが、基本的・全体的には大いに賛同するし、世の母親達にも、是非実践して欲しいと思う。
実は、2つほど希望・提案がある。
 1つ目は、日本の将来のために、“0歳児からの義務教育”を、国の施策として検討・実施して欲しい。
 2つ目は、父親も、我が子の“乳幼児教育”に、積極的に寄与して欲しい。
(その理由は、男親の方が(多少リスクがあっても)実験・研究欲・実施力が旺盛だからで、母親は凡例には忠実だが、我が子がそれとは違っている場合、必要な“臨機応変の対応”をせずに、逆に安直な方に落ち着いてしまうから)

筋を通す [0705]
毎日jp毎日ボートマッチえらぼーと」(左図)を何度かやってみて、その結果に愕然とした。実は、どれも虫唾が走るほど嫌いな主義 の一つに突き当たるのだ。
(まぁ、ここでの好き嫌いはさておくとして、)何故そんなことになるのかを考えてみると、どの党の公約も、矛盾だらけなのではないかと思い当たった。
つまり、“問い=各党の公約”には、“筋の通った思想・志向”が無くて、“方策”ばかりが、ばら撒かれているせいではないか?
各政党の“あれも・これも・それも、やります♪”では、所詮は“借金満杯で、弾ける風船 ”でしかないからなぁ。
基本線をもっと絞って、子供達のためだ!痛みを伴っても、これ以上の借金・貸金はしない!という姿勢なりを、強く打ち出して欲しい。それこそ、一本筋を通せ!だ。[借金時計財部誠一氏のサイト
(でもなぁ、自分の痛いのは、皆、誰も我慢しないからなぁ。麻酔/集団催眠を掛ける強い/妖しい力でも持ってないと、ダメかも?
1000兆円の借金を無くすのを、800億円ほど払って、C.ゴーン氏にでもやって貰うかな?どちらも、損はなかろう?
(払うのは8000億円でもいいんだが、彼一人では使い切れないだろうしなぁ。そうだ、プロジェクトにでもしてもらうか!


2学期制 [0703]
(昨日、教育官僚にエールを贈った後だから、“味”が悪いのだが、)今日の夕刊を見て、教育行政のやることって、“何と!時代遅れなんだろう?”と思ってしまった。
ゆったりした学習時間を用意してやるよりも、馬車馬みたいにせかせかと試験や受験で追い立てて(刺激を与えて)いる方が、今の子供達にとっては“学習効果が上がる”という事に、未だに気が付いていないらしい。
(教育関係者は、最新の脳科学でも、勉強して欲しいものだ)
ところで、学習って、先に憶えなければいけない沢山の事柄があるのに、今の学校教育は、“学問”に拘って、“理解力さえ出来れば!”とか何とか云って、“手抜き”や“間違い”をしてはいないか?
やるべきは、先ず“多量の事実”を、単純化して全て“覚えさせる”事だし、それに、沢山の時間を費やすべきだ。(教師は、飴と鞭を持って、皆の尻を叩けばいいだけで、眠い座学なんて、意味無し!)
学習時に“理解させる”とか“解釈させる”というのは、“憶えるのを端折る”手抜策で、その上手・下手、早い・遅いだけで、“落ちこぼれ”を生んでしまうだけのようだから、そんなのは、ずっと後で教えればいい!
(義務教育は、「記憶訓練の場」と割り切るべきだろうと思う)

英語教育 [0702]
先日、韓国企業の“SAMSUNG”や、日本企業の“ユニクロ”が国際化企業を目指して社内での英語使用を推進しているという紹介番組があったが、“楽天”も、だそうな。(左記事:朝日朝刊2010.07.01)
企業ですら、こんなペースだから、「学校教育」での“実用英語”となると何時の事やら?
因みに、ヨーロッパでは、教育過程で英会話は必修科目?だから、街中でも、普通に“英語”で応対してくれる人が多いのは、我々も良く知るところ。
我々日本人の言い訳、“言語体系が似ていないから、覚えるのが難しいんだ”そうな。(“そうだ、そうだ!”と、ここで相槌を打ってはいけないのだ。例えば、“イモトアヤコさんが、現地の人とガチャガチャ会話が出来ていれば、事件の成り行きも、もっと面白くなるだろう♪”と言うべきだ)
これは、“教育界の責任”か“行政の責任”かは判らないが、旧態依然とした“(学問としての)英語教育”を、“役に立つ英語教育”に変えれば、変わるだろうと思う!...そろそろ、何かを始めて欲しい。
先ずは、“学校教育”で、低学年から“会話が出来る”教育に(実験的に少しずつ)切り替えて行ってはどうか。
文科省(発案は、日教組らしい)は、“ゆとり教育”では失敗したが、あれは日本人の特性を“深読み”しなかったのが敗因だろうと思うが、あれに挫けず・怯まず、色々な試みをやってみるべきだ。(教育官僚、頑張れ!勝てば、“岡田ジャパン”だ!)
(G20でのさんの、にこやかな微笑の裏にあった、居心地の悪そうな様子、お気の毒でもあり、情けなくもあった)

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