導育甘言集 2015.12   表紙頁]へ   我楽多苑 別亭 (真面目な愚痴)]へ

閃け!棋士に挑むコンピュータ [1231]
『閃け!棋士に挑むコンピュータ 田中 徹、難波 美帆共著 梧桐書院 2011年2月 1刷 \1,600+税』 (購入\200税込み)
この本は、新しいタイプ(ジャンル?)のもののように見える。
科学読本のようであり、将棋の解説本のようでもあり、哲学書のようでもあるが、やはり面白さから言えば小説なのかもしれない。(笑)
しかし、現実に進行中のコンピュータ技術、その将棋に特化したソフトウェア開発を介して、人間の思考とは何か?コンピュータには何が何処まで出来るか?という問題を提示しているようにも思う。

今の処、人間とロボットとの違いは、「生きたい!」という自然発生的な衝動・欲求の有無だろうと、この著者たちは書いている。
確かに、ロボットにはそれが無いし、入れようにも、何を入れれば良いかが分からない。
他方、「遺伝子」などの話を読むと、その乗り物である「人間」をどう動かして、(自分達)「遺伝子」を生き延びさせるか?を必死で考え(?)ながら行動させ|行動しているわけだから、「遺伝子」がロボットを自分の乗り物にしたいと思わなければ、所詮は、人間と同等にはならないわけだ。
それはそれとして、果たして、コンピュータ将棋は、(人間の)将棋のプロに勝てるかどうか?だが、体力勝負には強く、感情に左右されないという点では、コンピュータの方が有利には違いない。

8歳で脳は決まる! [1229]
『8歳で脳は決まる! 子どもを救う父親の力 平山 諭著 河出書房新社 2007年8月 4刷 各\1,512税込み』 (購入\200税込み)
孫達を、将来を背負って立てるよう育てるには、私(祖父)として何が出来るかを色々考えているのだが、そのヒントになりそうな話を、本から拾おうと、色々買い漁っている。この本もその一冊。
親達に、ああしろ!こうしろ!と言っても、何の効果も無いだろうから、私自身の対応・対処で示す以外に方法は無かろうと思っている。

この本も、あれこれ参考になることは書いてあるが、(子や孫とは)離れた位置から出来ることは少ないのが難点だ。
その中で、間接的に、使えそうなスキルがあった!
それは、私も日ごろ実行している「みつめるスキル」、「微笑むスキル」だ。
私達日本人は、かなり|相当シャイなので、(普通の)他人を意識して見詰めることは少ない!
だから、自分達の子供や孫達にすら、そうしたことはしないのが当たり前だと思っているはずだ。

だが、昔の日本にあったような“情報過疎”の環境なら、物も言わず、目も合わせずとも“以心伝心”が通用したのだろうが、昨今のような“情報過多”の環境では、何かを伝えるにも“大仰なパフォーマンス”でないと難しいし、ましてや、“”などは伝わるはずも無い!
精々、私も、その「スキル」を自分で訓練しようと思っているのだが、まぁ大人相手では無理だ!やはり子供達までだろうな。
それに、下手にやると、セクハラ、パワハラだって誤解されるのがオチだろうし。(苦笑)

尤も、それ(見詰める、微笑む)をするには、自分自身の“”の中身、質が問題になる。
この本では、「自らの精神生活から不安をできるだけ取り除くことが必要です。」と書いてあるが...
多くの父親達に向かって“「みつめるスキル」をいう前に、そうした精神生活を整える「精神安定スキル」を指導することの方が重要なのではないのかな?と思ってしまった。

世界皇帝をめざす男 [1227]
『世界皇帝をめざす男 習近平の本心に迫る 幸福実現党 2010年11月 1刷 各\1,300+税』 (購入\200税込み)
今まで広告類でしか見たことがなかったのだが、大川隆法氏の“設定しているテーマ”が、そんじょそこらの野党よりもずっと的確なのに興味があって、偶々BOOK-OFFで見掛けたこの本を買って来た。

習近平氏の本音というが、実は“習近平守護霊”というのが出て来て、質問者に答えて色々喋るだけ。
傑作なのは、この“守護霊さん”は、とても現実主義者的だってことだ。
(当時、次期主席を約束された)習近平氏本人に対して気を使いながら喋っているわけで、兎に角ユーモラスだ。(笑)
...習近平守護霊 だから、それは、言葉をそうとう選ばないといけない。中国という国は、とても怖い国である。次期主席であろうとも、「闇から闇へ」ということもないわけではないので、言葉を選ばせてもらわなければいかんよ。いいかな?だから、「大人の言葉」で話をするから、「大人の言葉」を、「大人の耳」で聴き取って、解釈するがよい。いいかな?...
とまぁ、こんな具合で、実は“守護霊さん”の話すことは、新聞・雑誌などをじっくり読んでいれば良く分かる話だし、後は想像力を駆使して、適当に付け足せば出来上がる話だ、と思う。
この本は、一般の人向けの“面白い小咄集”の類と言えるかも。

3歳までの子育て教科書 [1225]
3歳までの子育て教科書 アスコム編 (株)アスコム 2012年12月 1刷 各\1,100+税』 (購入\200税込み)
3歳の孫息子が、時々、“くすぐり”を嫌がることがあるので、気になって書籍で調べてみようと思った。(それで、数冊買って来たが、これはその内の一冊)

...まぁ、今回の“くすぐり”は、少し執拗過ぎたかもしれないのだが。
実は、時として見せる“気弱さ”を、何とか克服させたいと思っていて、本人の“強い抵抗・反抗”を期待していたのだが、やはり、直ぐ“泣きモード”に入りそうになる。
こんなことでは、“いじめ”に遭っても抵抗しないかもしれない。それが心配なのだ。

この本では、“くすぐり嫌い”は、親の「スキンシップ」が不足しているのではないかと、書いてあった...そういえば、心当たりはある。
私自身だって、昔は、子供たちに対して、それ程意識して「スキンシップ」を持った記憶が無いからだ。
概して、私達日本人の多くは(欧米人ほどには)「スキンシップ」を好まない傾向がある。

赤ん坊の頃なら、あまり抵抗感は無いが、少し大きくなると、(親でも)“邪魔!”とか“鬱陶しい!”で避けるようになる。
実は、それを強く感じたのは、上の孫娘を幼稚園に送り迎えしていた時期に見た、他の園児たちの反応だ。
寄って来た園児の一人を抱きしめてやると、他の園児たちも我も々々と押しかけて来るのだ。
こちらは、むさ苦しいおじさん|おじいさんなのだが、園児たちにとっては、そんなのは関係無いらしい。ただ、抱きしめて欲しいだけなのだ。
兎に角、親から離された時は、特に“スキンシップ飢餓状態”なのだろうと思う。

昔は、子供たちにも我慢させ耐えさせる事が日本人の美徳であったわけだが、戦後、米国式の教育や子育て方法の導入によっても、この「スキンシップ」だけは、なかなか取り入れなかった。
思うに、昨今の“家族の崩壊”は、(米国式の)“女性の自由や権利”だけはいち早く取り込んだが、“親子のスキンシップ”の方は無視して来たために起きている現象・症状だろう!間違いない!
"夫婦別姓”を声高に叫ぶ連中などは、多分「慢性スキンシップ欠乏症」なんだろうと思う

陰陽師 鳳凰の巻 [1223]
『陰陽師 鳳凰の巻 夢枕 獏著 文藝春秋 2001年12月 9刷 各\1,286+税』 (購入\200税込み)
この筆者の語り口が面白いので、これまでに幾冊か買って読んだのだが、先日BOOK-OFFの棚にズラッと並んでいたのを見掛けたので、4冊まとめて買って来た。
ビジュアル化された野村 萬斎さん演じる安倍清明伊藤 英明さん演じる源博雅の“(人の)ゆったりさと、せかせかさ”を思い出す。
内容は、怨霊などに取りつかれた“やんごとなき人”達を、安倍清明(達)が、助けるという筋書きは、どの小話でも似たような日本的なもので、昨今流行りの「スターウォーズ」のような大音量の擬音をぶち撒ける派手さなどは、微塵も無い。

近頃の私は、そのどちらも好んで受け入れられるようになった。
意図しながら、それだけ「感性の幅」を拡げることが出来たのだと自負している。
でも、考えてみると、常に日本的で居られるわけでもなく、さりとてしょっちゅう欧米的にもなれない。
“気分屋”ということになるのかもしれないが、その時々で、(自分の)在り様が変わることに(自分で)気が付いている。
これは、もしかして「体内エネルギー?の多寡」に関係があるのかも。(笑)

知のハルマゲドン [1221]
『知のハルマゲドン 小林 よしのり、浅羽 通明共著 徳間書店 1995年6月 1刷 各\1,300税込み』 (購入\105税込み)
この本は、著者二人の「知や思想」に関する対話集で、将にインテリとの部類に属する二人の見事なまでの「諸思想の知的分析」を拝見した思いだ。
それらの「分析」の殆どで、“あー、なるほど!そんな分類の仕方があったのか!”と、納得させられる。
例えば、こんな箇所がある。
「創価学会がそうでしょう。今はあまり怖いというイメージはないけど、昭和三十年代の創価学会の折伏というのは、非常に怖いというイメージが強かった。しかし、学会がどんどん大きくなっていくと、やはり社会との接触をいろいろしなければならなくなる。たとえば、自衛隊の中にいる学会員を守るためとか、必要が色々生じて、政治の方にも進出しなければならないということになって、公明党を作った。大きくなればなるほど、外と接触する面積が広くなる。それで、だんだん社会の中に併存できる宗教になっていった、というのがあるわけです。」
これは、社会の中で孤立化して存続しようとした、“オーム真理教”のようなものとの対比で説明されているようなのだが、確かに「組織」というものの側から見れば、そんな分析になるのかもしれないと思う。
...でも、私達凡人的な個人の観点から、「宗教」というものを考えると、常に誰かや何か縋り付きたい人間の弱さ、敏感さを癒す|解消するための便宜上のものにしか見えない。
その宗教の教義や教団の在り方自体が、どれだけ、多種多様な考えを持つ個々人の悩みを解消出来るか|出来そうかで、その教団のサイズ|大きさが決まるのだろうと思う。その多様性が、現実社会との融合性を保っている|与えているのだと思う。
まぁ、それを“社会との接触面積の広がり”として捉えることも出来るなぁ!って話だ。
この本は、読んでいて面白いとは思ったが、そこまでの話!(それ以上ではない!)って感じがした。

海賊と呼ばれた男(上、下) [1219]
『海賊と呼ばれた男(上、下) 百田 尚樹著 講談社 2013年6月 26/24刷 各\1,600+税』 (購入\200/\360税込み)
久しぶりに、読んで感動してしまった!
日本人(男子)としての“有るべき姿”を見せて貰った気がした。

そして、中東(や東南アジア)などで、(このような)日本人が好かれ、尊敬される理由が分かったような気がする。
命懸けで自分達の為に役立つ仕事をしてくれる日本人達の姿を、彼らが見た・知ったからだと思う。
それは、主人公・国岡鐵造出光佐三氏がモデルだそうな)やその従業員達の血の出るような“下支えの努力”によって、戦後初めて、日本の石油会社として、タンカー日章丸をイランに派遣した出来事から始まった。
(「日章丸事件」に関しては、資料がネット上に色々ある。資料1資料2

この本で紹介されているのは、国岡商店では従業員全員が家族扱いで、一人も自発的離職者も出さず、皆が家族同士のつもりでお互いや商店を盛り立てるべく頑張ったという話だ。(今なら、ブラック商店の代表例になりそうだな。苦笑)
私には、大きな事業組織でも、そうした“日本の家族方式”が可能であったことに感心した。
私達日本人は、そうしようと思えば出来る、良い資質を持っているんだってことだ。

昨今では、日本式は古臭いと思われていて、やたら、“グローバル・スタンダード”が当り前のように思われているが、実は、それは、本来日本人の体質に合わない“衣”ではないのかと思ったりする。
ただ、どんな集団でも、優れたリーダーが居れば、上手くやって行けるはずなのだが、今の日本式民主主義では、そうした「リーダー」を育てるとか、容認するとかいった雰囲気が無いのが、問題だ。
むしろ、リーダー格を引き摺り降ろすのが仕事!みたいな連中も多いし、リーダー不在で、経営が傾いて来た大手企業(東芝シャープ)も出始めたようだが、悲しいことだ。

BC!な話 [1217]
『BC!な話 あなたの知らない精子競争 竹内 久美子著 新潮社 1997年3月 1刷 \1,339税込み』 (購入\108税込み)
この本は、まず心を落ち着けて、“これは研究の難しさをものともせず挙げた成果であり、学問的に貴重なものだ!”と念じながら、読むべき本だ。
大人が、不真面目に、あだやおろそかに、読むべきものではない!と思う。
で、内容は、生物学・遺伝子学の観点から見た「精子」の競争(原理)の話で、一々なるほど!なるほど!と頷ける点が多い。
例えば、「ネイチャー」誌に掲載された論文で、こんなのがある。
頭の大きさは、モンゴロイド、コーカソイド、二グロイドの順だそうな。他方で、ペニスのサイズは、二グロイド、コーカソイド、モンドロイドの順だという調査データもあり、(性的)活発さ、早熟度、繁殖サイクルの点で、二グロイドが他人種を凌駕しているのは明白だそうな。確かに、オリンピック選手を見ても、優秀な選手の殆どがそうだもんな。また、昨今米国では、“黒人優先の法令”に、白人たちが“逆差別だ!”と反発している生々しい話もある。

これらの話から、“人間皆平等”とはいうけれど、現実は、水面下で激しい「勝ち抜き競争」をしているわけで、単細胞的に“平等!”だけを唱えていては、自分の子孫を残せない=自分の生存の意味が無いということになりそうだ。(苦笑)
それに、男性は(不安定性に対処する為に女性によって作られたという)役目柄、子孫を多く残したいという意識は男性の方が強いのだが、女性の方は、そんなことは煩わしいだけと思っているらしいから、男性陣は余程性根を入れて、「子孫の繁栄」を考えねばいけないぞ!ってことらしい。
元々、男性が作られたのは、環境変化に対応するための(女性側の)予防策としてだったそうだから、世の中が平和(だと感じる)状態になれば、(女性から見れば)男性はむしろ邪魔者になるわけだ。
となれば、この先、意識的、無意識的に、男性は、世の中から追い落とされ、追い出されて行くだろうな。
...だが、その前に種族間の競争という問題がある。むしろ、私は、そっちの方が重要だと思っているのだが、女性たちはそれに気が付いているのかな?...いや、是非!気付いて居て欲しいものだ!

地球温暖化論に騙されるな! [1215]
『地球温暖化論に騙されるな! 丸山 茂徳著 講談社 2008年6月 2刷 \1,400+税』 (購入\200税込み)
薄々は感じていたのだが、この本を読んで、やはり地球全体の気温変化は、「太陽の黒点」や「宇宙線」の影響を受けて、(自然が勝手に)大幅に変動させるものであって、多寡が私達人類の営みくらいで、それ程大きな変化を生じさせるわけでもないことが良く分かった。
ただ、私達人間が出すゴミは確かに、身の回りを汚くするし、それを日々丁寧に片付けることには、やぶさかではない。
特に、昨今のシナ・中国やインドなどでの空気の汚染状態を見ると、(こりゃまた!)酷いもんだ! (アジアの大気汚染(重いから要注意!)谷崎光さん処からの孫引き)
「地球温暖化」、「地球寒冷化」の議論も結構だが、こうした現実の大気汚染対策の方が、急務ではないか?
やれ!2℃だ!4℃だ!って話より、(局所でも)大気汚染度を下げる話の方が先だ!と思うがね。
その対策に使える「対策」は何か?使える「科学技術」は何か?といった、実質的・実効的な議論を「COP21」では、やって欲しいものだが。(無理か?)

日本は国債破綻しない! [1213]
日本は国債破綻しない! 三橋 貴明著 実業之日本社 2012年5月 1刷 \1,400+税』 (購入\200税込み)
私は、日本国が“国債破綻”などして欲しくはないし、(国の借金である)国債発行をある程度まで減らして行って欲しいと考えているので、“国債安全論者”が一体どんな論拠で“日本の国債は安全だ!”と言うのかを知りたくて、この本を買った。
ざっと読んでみて、失望した。

学者特有の、現状・事情をやたら詳しく沢山書いてあるだけで、肝心のことは、ちょろっとしか無かった。(100ページ目)
曰く、
...国債発行残高を増やしたくないのであれば、名目GDPを成長させる以外にない。本当に、それ以外に手段がないのである。
...とまぁ、この一行で片が付くのにねぇ!...で、その具体的手段は何かな?

私が観る処、日本全体は「自転車操業」をしているようなものだと思う。...走っていなければ、倒れるのは必定!
あるいは、“マグロ”みたいなもんで、常に泳いでいなければ、呼吸も出来ないし餌も獲れない特性・体質だってこと。
(問題は、本土内には「消費」に見合う「収入」や「資源」が皆無だから、それを国外から取って来ないといけないことだ)

ところが、何時の頃からか、国全体の“元気(気力)”が落ち始め、餌不足になって来た。それを補うのに、“飢えた蛸”みたいに、自分自身の足を食べ始めたってわけだ。
そりゃ、1本2本食っても、餌にあり付けさえすれば、直ぐに元通りになるから、気にしなくていい!っていう学者も居るだろう。
でも、素人の私達は、食い千切る足が、2本が3本になり3本が4本になって行くのをみて、こりゃいかんわ!と思ってしまう。
そして、何とかしてそれを止めたいが、何処をどうするか?ってのが問題なんだわさ!

最近、安倍首相が工夫して打ち出した「アベノミクス」や「一億総活躍」、「TPP推進」は、私達皆を“元気”にさせて、「消費」を上回る「収入」を得させよう!って魂胆だろうと思う。
私は、その政策で、国債発行高を少しでも抑制することが出来れば、甚だ結構!と考えている。
・・・ 何事も、意欲的に、やってみなきゃあ分からない!トライする前から、“出来ない!それはダメだ!”という悪癖は、もう止めなきゃぁ!
そして、少しでも改善出来れば良し!として、次のステップに挑戦すべし!

海上空港・沈下との闘い [1211]
NHKスペシャル 巨大建設の世界3 海上空港・沈下との闘い 広谷 徹、近藤 健二、斎藤 宏保著 NHK出版 1994年1月 2刷 \1,553+税』 (購入\200税込み)
先日、大阪・泉南の関西国際空港(=関空)の展望台で旅客機の離発着を見て来たのだが、その後で、この本に出逢った。
常々、海上を埋め立ててしっかりした建物や平坦な滑走路を作る技術とはどんなものかに興味があったので、即座に買って来た。
「関空」の章は、こちらにも興味があったせいか、大変良く分かる記述で有り難かった。

埋め立て地は、必ず沈下するそうだ。しかも自然沈下なら、それが止まるのは、数百年単位だそうな。
だが、それでは実用にならないから、人間の手・技術で、それを数年(2〜3年)単位に縮めるという。
基本的には、埋め立てた土砂から水分だけを早く抜き出すことだが、その方法が単純かつ膨大で巨大な手法なんだとか。
水平方向には、水抜き用の砂層を間に挟み、垂直方向には、砂の柱をある一定間隔で打ち込むらしい。
それに、必要な場所には、地盤強化材や安定材などで地盤改良をするという。
まぁ、そこまでは良く分かった...でも、その後、更に予測以上に地盤が下がってきた場合や、不均一さが増して来た時にはどうするか?
実は、そうした危険を避けるために事前に膨大で緻密な調査や実験・解析・検証を行うのだが、更に、事後の避けられない沈下に対しては、別の手を用意しなけれないけないわけだ。

これを読みながら、南シナ海でバタバタと作り上げられたシナ・中国の(滑走路を備えた)埋立て軍用島は、果たして「沈下の問題」などは無いのかな?それとも全部織り込み済みか?あるいは気にしないのかな?と思ったり。
あそこでの、高速の軍用機や重量級の輸送機の発着に、滑走路面の凸凹などは、問題無いのかな?などと、他人事ながら(意地悪く)気を揉んだりしている。
その内、(自然な)地盤沈下のために滑走路の凸凹が酷くなって、やがては、軽飛行機の発着くらいにしか使えないと分かったら、愉快だにゃぁ。(笑)

いわゆるA級戦犯 [1209]
『いわゆるA級戦犯 小林 よしのり著 幻冬舎 2006年8月 6刷 \1,400+税』 (購入\200税込み)
太平洋戦争の終戦時・後に、米国主導で行われた「東京裁判」で被告にされ、「A級」として分類された人達の話だ。
この本(漫画)では、背景が丁寧に描かれていて、「東京裁判」そのものの不当性・犯罪性を指摘されているのだが、その(お気の毒にも)生け贄となった日本人達の“在り様”や“生き様”が良く分かる。

当時の報道が、GHQによる報道規制や報道誘導などによって、そうした人達の実像をきちんと伝えていなくて、逆に著しく歪められたものを伝えていたわけだが、(一部の“卑怯・卑劣な連中”を除けば、)実は、非人間でも極道でもない、むしろ日本人として真面目な人達ばかりだったということだ。
A級戦犯」とは、今でいう“偽レッテル”であって、「集団的自衛権の行使」を日本共産党が云う“戦争ストップ法案”のようなもの。
実態を(敢えて)誤解や無視して、やたらに“レッテル”を貼りまくることやそれに酔い痴れることは、“エンタメ”としては面白いかもしれないが、一般の真面目な人間がやることではないと思う。
その意味で、この本の内容は、重要だと思う。

邪馬一国への道標 [1207]
『邪馬一国への道標 古田 武彦著 講談社 1978年5月 1刷 \1,100』 (購入\108税込み)
この著者は、日本中世思想史、古代史の研究家で、従来の歴史研究の諸権威ら(?)の諸説とは違った見解を披歴されて居られるようだ。
大変興味深くて面白いと思ったのは、シナ・中国の古い歴史書は、その著者の人格・品格を考えた上で、そのまま素直に解釈するのが、一番良い!と仰っていることだ。
(日本の古事記、日本書紀などついても、その筆者達の立場を考えた上で、素直に解釈すれば良いとか)
例えば、冗談めかして書いてあることは、その意を汲んで解釈すべきだし、また故事を引いている箇所では、故事とは「夏」、「殷」や「周」の時代のことを考えるべきだとかいったことだ。
(確かに、古代史の神話時代は、今までは「神話」としてしか扱われていなかったが、発掘調査・研究が進んでくると、神話には、実は実話が多く含まれていることが分かって来たから、もう神話時代も“歴史の一部”と看做すべきだろうと思う)
この著者は、日本の古代は、シナ・中国の歴史書(魏志倭人伝など)に頻出しているが、それを素直に読み解けばよいという。
そうしたら、“邪馬臺国”などは無くて、「邪馬一国」であったらしいという。「一」は「壹」で、“臺”ではないとのこと。

歴史書(「三国志−魏志倭人伝」)を書いた筆者の人柄、その時代の背景などからの例証・説明は、私にもすんなり納得出来た。
どうやら、現存する色々な記述・史実を、今までより高い位置から俯瞰して解釈したら、別の|真の日本の古代が見えて来たって感じだ。
この著者の、シナ・中国の歴史書の解読の仕方や傍証の挙げ方が、私にも分かり易くて、気に入った!
(更に、他の著書も探して読んでみたいと思ったが、いずれも人気があって高価な本ばかりのようで、ちょっと引いてしまった)

イスラムの人はなぜ、 [1205]
『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか 宮田 律著 新潮社 2013年9月 1刷 \720+税』 (購入\108税込み)
この本の表題を見ただけで、ウッ!と前のめりになった。(笑)
だって、私自身がそんなに尊敬されるほどの品性を持っているわけでもないし、一部の(尊敬に値する)人達以外の他の多くの人達も、(割増しで見たとしても、)それ程自慢出来るとは思えないからだ。
でも、私達自身が気が付かない要素が、まだ色々あるのではないか?それを掘り起こしておけば、私達日本人が何処まで何が出来るかを掴めるのではないかと思ったので、買ってみた。

やはり、様々な事例集で、中東で日本人が尊敬を勝ち得るような活動をして来た話が紹介されている。
だが、そうした話だけでは、一般に広がっている“日本人大好き”のムードは、極めて希薄なものだとしか思えない。
ということは、私達自身が、これからどう対処して行くかによって、その尊敬の受け方も、次第に変わって来るだろうな。

有効かも?と思ったのは、日本人の心の底流にある「他人への思い遣り」ではないか?ということ!
今の私達日本人の多くが不安に感じるのは、そうした「思い遣りの気持ち」が、段々薄くなり、排他的個人主義、利己主義に移りつつあることを、陰に陽に感じているからだろうと思う。
...だが、尊敬に値しようがしまいが、やはり、日本人は、これからも可能な限り「利他主義」で行くべきだろう。
ただし、“自分達を損なったり、殺してしまうような愚かな利他主義自殺主義”は、意味が無いが。

生命のバカ力 [1203]
『生命のバカ力(いのちのバカちから) 人の遺伝子は97%眠っている 村上 和雄著 講談社+α新書 2003年7月 1刷 \880+税』 (購入\108税込み)
人間の持つ“未知の力”を、従来科学の方からアプローチして行くには、「遺伝子研究」が最適だろうと思っているのだが、この本は、その一端を紹介してくれているので、大変参考になる。(この著者の研究と著作が気に入ったので、4冊ほどまとめ買いしたが、この本は古い方の一冊)

人はよく、親からの遺伝だ!とか、鳶が鷹を生んだ!とか、無意識に「遺伝子」の働きについて言及して来たが、その遺伝子とは何か?それがどんな働きをして来たか?ということは、あまりよく知らなかった。
だが、実は、働いていないと思われている「遺伝子」が、現実には、毎日毎時毎秒働いていて、“人の動き”に、微妙だが大きく影響し続けていることが分かって来たという。
この著者(達)は、科学的な手法=遺伝子解析によって、人の“思い”や"努力”が、「遺伝子のON,OFF」で説明出来そうだということを、様々な研究で実証しようとされている。
例えば、「笑い」は“百薬の長”で、高血圧、脳卒中、動脈硬化、心臓病、ガン、ボケ、うつ、風邪、肺炎などに良い効果があると言われているが、科学的に厳密な実験・調査という点では、まだ不十分だが、著者達は、糖尿病関連で、「遺伝子のON/OFF量」の実験・測定で、定量的に確認が出来そうだ|出来たという。

この本の発行時点では、「結果のまとめと発表は2003年度中に行う」とあるが、後続の著作では、きちんとした結果が書かれてあるので、やはり、一連の著書は、年代順に読むのが良い!...と当たり前?のことを考えた。(笑)
最近の「歴史戦争 」では、他国(韓国やシナ・中国)が、敢えて古い史実をねつ造しながら蒸し返して来ているから、やはり、古い話も、経緯・経過として、知っておくべきだろうと思う。

子供はこんな危険に... [1201]
『あなたの子供はこんな危険にさらされている 七田 眞編 総合法令 1997年12月 1刷 \1,600+税』 (購入\200税込み)
この本は、9人の筆者の話からなるオムニバス論文集のようである。
でも、私は七田氏のだけしか(丁寧に)読まなかった。
他の著者のは、現実の事件の羅列であり、社会全体への訴えではあるが、私自身が参考にしながら何かを実践出来るものではないと思ったから、読み捨てた。

七田氏の考えは、科学からまだ距離がある所為か、多少きわどい感じはするが、私は“科学前夜”あるいは、“未常識科学”ではないかと思っている。

通常、「科学」とか「科学的」というのは、何度同じ試みをしても、再現性良く同じ「結果」が得られ、かつその「結果」を「工学的」に利用出来て、それによって多くの人々が利益を享受出来るものと定義されている。
だが、“右脳の働き”や“”などは、「科学」にするには、誰でもが同じ条件で「試行」することが難しい上に、同じ結果を出す「再現性」もあまり良くない。そうした、因果関係を明確化出来ないテーマは、論文にはし難いし、それに根気よく取り組もうという研究者も少ない上に、論文にしても、評価されないし、学会も出来ないのだろう。
特に、個人の数だけ「試行方法」や「結果の形」が違うわけだから、そうなると、とても「科学」の範疇には入れられなくなる。
だから、“個別には、事実”であっても、やはり「科学前夜」、「常識になっていない科学」なのだ。

七田氏の提唱されている「右脳開発」というのは、“生起することではあるが、誰でもが実証的にはやれない”という微妙なテーマだが、私が自分自身で試してみる分には損は無いので、あれこれつまみ食いで、試してみている。
まだ、今の処、左程良い成果は出ていないが、まだまだ続けてみるつもり。(笑)

YOMIURI ONLINE (2015年11月30日)

偶々、読売新聞に、こんな記事が載っていたのを見掛けた。
大腸がん、アスピリンで予防…検証へ臨床試験
...以前だったら、“非常識!”の一言で片付けられていた話だ。

因みに、私は、腰痛や筋肉痛が酷い時には、ピリン系の風邪薬を少量(1/3〜1/4包)服用する癖(?習慣、試行)がある|あった。(最近は、眠くならない風邪薬の流行で、ピリン系が無くなってしまい、今は代用品−"改源”やビタミン剤-“ポポンS”で間に合わせているが。苦笑)
それで、結構緩和出来るのだが、家人は信用していない。そいや、孫息子も、“常識外れ”だとして、信用してくれなかったが、多分、一般の人も同じだろう。(苦笑)

そうした、“常識”は概して“科学的である”ことを前提にしているようだが、その“科学的”というのも、今までに分かっている“狭い範囲内のこと”でしかない。
「アスピリン」が風邪の症状緩和以外に効くなんて、今までは“常識外の話”だったはずだが。(笑)
...“常識”は便利だが、それに縛られていては、何も面白くない!それに、改善も進歩も無いということだ。

若い人達に頼みたいと思っているのは、“力ある限り、「常識」を超える事実を掘り起こし、それを「科学化」して、多くの人達の利益になるように努力して欲しいということ!いろいろなことに好奇心を燃やし、何でも試してやろう!と努めて欲しいと思っている。

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