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物事集 二〇一八年十一月版



『いまどきのアセンブラ・プログラミング』  「十一月三十日」

『いまどきのアセンブラ・プログラミング 橋本 和明/山本洋介山/leye著 (株)イシサキ編 2003年11月 2刷 ¥3,000+税』 (購入¥588税込み、送料込み)

残念ながら、この本は、殆ど(私の)役には立たなかったし、不快さもあった。
ゲーム・プログラムの解析と改造の話らしいのだが、出来る人には出来るのだろうが、普通人にはとても手が付けられない話だ。
紹介されているツール類は、いずれも一般的で初歩的なものだから、別に問題は無いのだが、果たして、こんなものだけでゲーム・プログラムの解析・改造”など、出来るのだろうか?と思うのは、私だけか?(まぁ、私の欲しかったのは、それではないけれど)

知りたかったのは、各命令語の詳しい解説”で、出来れば裏事情(例えば、INT n命令のベクタ置き換え時の注意事項)などまで書いてあれば...と思っていたが、無理な注文だったようだ。
『INT n命令は、ソフトウェアによって生成される割り込みハンドラへのコールを実行するための一般的なニーモニックである。』...という記述などは、つい、初心者向けか!?と愚痴ってしまった。
それに、古本に有り勝ちな汚い書き込みやマーキングで、一変に気分が萎えてしまった。(図2<クリック>
ヤフオク!落札本は、これが有るからやーなんだ!)
でも、多少知らない命令語も載っているようだし、勿体無いから直ぐには捨てないで、全部目を通してからにしよう!



『はやぶさの大冒険』  「十一月二十日」

『はやぶさの大冒険 山根 一眞著 マガジンハウス 2011年9月 10刷 ¥1,300+税』 (購入¥200税込み)

久しぶりに、ハラハラドキドキ!
とはいっても、技術的な話だから、普通の感情的な高揚ではないが。
この「はやぶさ」の話は、結構興奮させられるものが有る。
結果の“見事な帰還”を知っているだけに、途中で起きる“トラブル/事故”とそれへの技術者達の執念・対処の様子は、大変興味深かった。

はやぶさ」は単なるハードウェア+ソフトウェアだけの“探査機”に過ぎないのだが、後に川口淳一郎プロマネが語った『「はやぶさ」自身が大変な努力をしてくれた』という話/気持ちは、大変良く分かる!ような気がする。
例え、相手が“単なる機械”であっても、皆が期待している応答/反応以上の“適切な処置”を、(黙って)自分自身でやっていると、どうしても、そう思いたくなる/思っても良いはずだ。
それが、一種の“幸運”であったとしても、その“機械”がそれを“引き寄せる能力”を持っているのかもしれないって思うからだ。

新聞などの見出しにも、『おかえり!はやぶさ』などとあった(ような記憶がある)が、私達日本人のこうした“無機物の擬人化”は、欧米豪人には、とても奇妙に感じるらしい。特に、技術者達までがそんな風に思うなんて!?と。
でも、それで、狙いを成功させれば、文句は無かろ?!

面白かったのは、川口氏がイオンエンジンの燃料キセノン・ガスを積めるだけ積んでおけ!と指示していたことで、後で、それが活きて来た話や、國中氏が、複数のイオンエンジンの「スラスタ」と「中和器」のペアを、異ペアに繋ぎ替えるためのダイオードを入れていたことで、僅かに残った「スラスタ」と「中和器」でペアが作れて、それで帰還を果たした話は、“機械の潜在能力に期待する、技術者の賭け”ではないかと思うがどうだろう。
いずれにせよ、この本は、大変丁寧に、かつ上手に纏められた買って得した愉しい本だ。



『鋼の水』  「十一月十四日」

『鋼(はがね)の水 林 伸一著 ダイヤモンド社 2015年7月 1刷 ¥1,500+税』 (購入¥200税込み)

“超高圧水”で、金属板を切る様子は、時々見掛けていたので、それに(技術的な)興味があって、この本を買ってみた。

残念ながら、こちらの期待とは違った内容だったが、それでも、“超高圧水”が色々な局面、例えば、塗装の“剥離”や、鉄筋を傷付けないでコンクリート部だけの“はつり”など、に使われていることを知ることが出来たのは収穫だ!
それに、“超高圧水”に“研削粉”(アブラシブなど)を混ぜて切削効率を上げることなどは、初めて知った。
考えてみれば、単なる“水”だけよりも、固形物を混ぜれば“破壊力”が増すだろうことは、言われてみればその通りだ。

しかし、そうした“混合水”を、超高圧で送るパイプやノズルの方は、どうなんだろう?直ぐに内側が磨耗しないのかな?などと、疑問/興味が湧く。(笑)
でも、200mほども伸ばして使えるらしいので、多分、実用上問題は少ないんだろうな、と一人合点。
こうした機械類本体は輸入する(?)らしいが、使う場合は、現場の状態に合せた枠組みを作って、そこを自走させたりする工夫や加工は、必要/不可欠なようだ。
そうした“応用利用”は、日本人の得意技か。



『アイルランド賛歌』  「十一月四日」

『アイルランド賛歌 高田 信也著 文藝春秋 2005年5月 1刷 ¥1,429+税』 (購入¥200税込み)

これまで読んで来た幾つかの旅行記、“あたふたと通り過ぎて来た”式の旅行記ではなくて、自炊も交え、レンタカーを借りて、じっくりとその土地の良い所を味わいながら旅をして来た熟年夫妻の旅の記録で、静かに読んで、じわっと愉しめる本だ。

日本人著者らにとって、アイルランドの人達は、遠く離れている異民族同士だが、“素朴で暖かい人達だ”と感じたのは、お互いの知性・感性が、それ相応の高いレベルに達しているからではないか、と思う。

それに引き換え、先日、“元徴用工?の訴え”で、“個人賠償は、未だ済んでいない”とかいう判決を下した“韓国人用最高裁”ってぇのは、本当に愚かで、“知性も感性/品性も下の下”ではないかと思う。
韓国人の多くは、他人にたかるか、あるいは、他人の知識・知恵をぱくるだけの、劣等民族ではないか?と思うことが、よくある。
これまでは、多少、大陸の端っこで地勢的に挟み撃ちに遭う立場だから、生き延びるためには偏屈・偏狭になるのも止むを得なかったのかな、と同情の目で見ていたが、もうそれも飽きた。
今では、“嫌悪感”を感じるようになって来ている。

欧米では、“移民政策の見直し”が、声高に叫ばれ始めているが、そろそろ、私達日本人も考え直す時期ではないか?!
安倍内閣は、ずるずると“外国人受け入れを促進する政策”を打ち出そうとしているが、その政策は、賛同出来ない!
「憲法改正」も重要テーマだが、それよりも「日本国の本質・人種」を変えない方がもっと重要だろうに!
このまま進むと、“ジャパン惨歌”になってしまうこと必定だが、私達日本民族の庶民は、嘆くだけか。


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