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物事集 令和三年十二月版


『異種間通信』      「令和三年十二月二日[2021/12/02]」

異種間通信  ジェニファー・F・ウェルズ著 幹 遙子訳 早川書房 1刷 2016年1月 ¥1,000+税』(購入¥440税込み) 

この本を読んで、SF小説の面白さ・楽しさよりも、何かいやーな後味がした。
人間の女性が、人間の男性から、異星人(のオス?)に乗り換えた...つまり、"人間種"として生き延びる為に、メスが、(弱い)オスから(強い)オスに、取り替える話のように思えたからだ。

著者はどうやら女流作家らしいし、訳者も女性だから、主人公の(人間の)女性の"振る舞い"や"感性"は、良く分かって居られるようだ。
そして、最後の(ヤーな)結末にも、左程、抵抗感はないのだろう。

でも、(地球滅亡の危機に当たって、)生き延びる能力が少なさそうな(?)人間の男性を捨てて、"交感・交信"が出来て、好感の持てる(有能そうなイカしたイカれた)異星人に乗り換える方が、"人間種"保存の上から有利だと判断した、人間女性の"功利的な感性・本能?"を、止むを得ないのかもしれないなぁとは思いつつ、割り切れない思いにさせられたってこと。

私は、「異種ミトコンドリア」が、「ヒトDNA」に侵入して「性染色体」が形成された時から、オスとメスの戦い(我楽多苑別亭)は始まっていて、それが今でも、色々な形で続いている、と考えている。
元々、メスから見ると、オスなんてのは中途半端な染色体を持つ"異物"であったろう。
しかし、自己のDNAを残す(永続させる)為には、(止むを得ず?)オスを利用する必要があったわけだ。
だが、「環境」が、そうではなくなりそうであれば、あっさり(人間の)オスを捨てる(見切る?)、あるいは、強い側に乗り換えることには、左程、抵抗感は無いように見える。
そのことを、この小説は描いて見せているのだと、(私には)読めた。

まぁ、"らしさ"が段々薄れて来ている自由主義の現代日本は、次第に、全体がメス化/受動姿勢化して行く時代なのかもしれない。
私は別に、メスが嫌いなわけではないのだが、まだまだ、日本人皆のメス化には、抵抗感が強いオスの部類だ。(苦笑)


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