モグラの繰言 2011.07    我楽多苑 別亭へ (真面目な愚痴!)

再利用 [0730]
先回は、溜まり過ぎた書籍群を、“子供会の廃品回収”の方へ出して、部屋はすっきりしたのですが、気分的にはスッキリしませんでした。
自分が読んで、面白かった本が、他の人達にとって興味があるかどうかは分かりませんが、少なくとも、再び目を通すチャンスを残しても、世に中の損にはならないだろうと。
そこで、今度は、敢えてBOOK-OFFへ持ち込みました。
冊数は勘定していなかったし、期待もしていなかったのですが、買取額が\510もあったのには少しビックリ。(ま、1冊10〜20円ほどなら、こんなものかな?と後で納得)
4冊ほどは廃棄処分でしたが、その理由は“背表紙の日焼け”、“カバーの傷み”などだそうで。
(ふーむ、ぼろぼろになった貴重古文書の類だと、BOOK-OFFへは、持って行けないか?と思ったり。笑)

人麻呂の暗号 [0728]
『人麻呂の暗号 藤村 由加著 新潮社 1989年2月第5刷 \1,200』 (購入\105税込み)
万葉集は、古代のロマン溢れる和歌集だと思っていたのですが、結構「恨み節・嘆き節」も含まれているらしいですね。
特に、柿本人麻呂の歌の多くは、それだそうです。
当時でも、表立って/ストレートに表現出来なかった事から、漢字・韓語・やまとことばの重ね合わせで、含意のある歌になっているのだそうで、それが現在では“暗号”と見えるわけですね。
(でも、当時は、かなり“恨み”が見え見えだったのでは?それで、人麻呂氏は、あっさり左遷された!違うかな?)
この本の著者(達)は、(女性特有の?)丁寧さと辛抱強い情報集積を元に、「演繹手法」で解釈をして居られますが、欲を言えば、思い切った“仮説の設定”と、それを「帰納法」的に説明してくれる方が、有り難かったのですが。
著者(達)の“思考の揺らぎ”の後を、“金魚のウンコ”みたいに逐一追うのは、どうも苦手ですね。
むしろ、最初に“すっきりした仮説”をパーンと与えられて、自分でも色々想像・推測しながら、著者の解釈・見解を辿る方が面白いだろうと思った次第。

ふにゃふにゃ [0726]
『ふにゃふにゃになった日本人 マークス 寿子著 草思社 2000年5月第6刷 \1,500+税』 (購入\105税込み)
この著者の文章は、苦手ですね。“女性特有の話法”と言うと誤解・非難されるかもしれませんが、事実の説明が(ぐずぐず)延々とあるので、読んでいて途中で嫌気が差して来ます。
それと、理論的には“ご尤も!な話”なのですが、指摘されている問題点に対して、「現実的・具体的な対処方法」が書かれていません。
どうも、各論が“他人事”みたいな話になっている感じ。
例えば、“「自己中心」老人が多すぎる...人間として尊敬される高齢者が増えることが、若い人にはなによりの教育になるだろう”と指摘されていますが、では、その“尊敬される高齢者”を、誰が、どうやって増やすの?と異議・反論したくなるのは、私だけでしょうか?
(勿論、それは各人が“自分に合うようなやり方”で、工夫しながら努力しないとダメなのでしょうが、現実には、その人物/私達自身が、“その気”にならないといけないってわけ!でもねぇ、この本を読んだだけでは、とてもとても!)

宰相論 [0724]
『小泉純一郎宰相論 屋山 太郎著 海竜社 2005年12月第1刷 \1,500+税』 (購入\105税込み)
最近、次の首相を誰にしたいかの意見の中で、小泉元首相の名が挙がっていましたね。
この本で指摘されているのは、小泉氏が、「構造改革」に“強い信念と執念”を持って居られたという点と、“官から民へ”や“小さい政府”を目指された点や、金銭には淡白で金権政治とは縁遠かった点などが、国民に人気があった理由とか。
ただ、「郵政民営化」のような思い切った構造改革で、既得権益を損なわれた連中は、小泉氏を、“酷い悪者扱い”にしているようですが、私達日本国民にすれば、得る処は多かったはず。亀井氏などは、まだ不満でぐだぐだ云ってるようですが)
赤字国債の残高が減ったのは唯一、小泉政権下だけだそうですが、これは頼もしい事です!
今は、小泉首相の再来を願ってもいいかもしれませんね。(ご本人は、“もう、結構だ!”と仰るかな?)

亡国外務省 [0722]
『亡国の日本大使館 古森 義久著 小学館 2002年8月第1刷 \1,500+税』、『さらば外務省! 天木 直人著 講談社 2003年10月第6刷 \1,500+税』 (購入各\105税込み)
どちらの書籍も、約10年前に発行されたものですが、ここで紹介されている日本国外務省の実態は、今でもそれ程変わってないでしょうね。
これらから分かるのは、日本の外務省上層部・大使・公使(キャリア官僚)達の殆どが、“外交のアマチュア”らしいという事。
大使、公使クラスは、任地の言葉や事情に詳しくもならないし、仕事らしい仕事もせずに、2〜3年で色々なポストを渡り歩くだけだそうです。そして、無事故であれば、静かに螺旋階段を登って行く。
問題は、そうしたキャリア官僚達が、「省益」を守るためには「国益」を損なっても平気だという点ですね。(つまり、“亡国・売国”)
でもねぇ。本来は、“外務省”って、「国益を守るプロ集団」のはずですよね!違うのかな?
そう思いたい処ですが、仕事の“職人/プロ”がどんどん“素人/アマチュア”に置き換わって来ている日本国の現状を考えると、総弛みだし、外務省ばかりを責めるのは酷なのかな?
厳しい訓練を積んでいる「自衛隊」、「海上保安隊」、「消防隊」、「警察隊」などは、辛うじて「日本のプロ集団」と言えるでしょうけど。

人口減少 [0720]
『「人口減少」で日本は繁栄する 日下 公人著 祥伝社 平成17年8月第1刷 \1,600+税』 (購入\105税込み)
この著者の見方は、常に興味深くて、参考になります。もう何枚も眼から鱗が剥がれ落ちた感じ!
最近、メディアでよくお見掛けする武田 邦彦氏の“切れ味の良いユニークな見解・発言”とよく似ています。
なぜ、これがベストセラーにならなかったのか、よく分かりません。表題が悪かったか?
本の中身ですが、沢山の参考になるポイントがあります。
まず、「少子化の危機」は、“官庁作文”に過ぎないらしい。
確かに、考えてみると、常に、彼らの仕事を増やす事ばかりしか盛っていませんね。人口が減るのだから、余分なものはどんどん減らせ!って事などは、一言も入っていない。
でも、著者のご意見では、“少子化が進むのは悪い事ではないし、それを活かす工夫をする方が、もっと個人生活も豊かになるし、国益に適うようですよ”って!私も、そう思うようになりました。

見たくない? [0718]
『冗談じゃあない!こんな広告を、ぶら下げるな!』と言いたかったのですが、近頃は何でもありだから、無理ですか?
これを子供達が、真面目に取ったら、「暴力には、素直に眼を瞑(つむ)ることが、いいことなのだ!」と思うでしょうね。
“ぼく分かったよ!だから、車内で喧嘩してても、弱そうな人がやられてても、皆知らん顔をして、お目めつぶってるんだね!”と、子供達が納得するってこと。
そして、イジメなども、常に泣き寝入りするしか無いんだと思ってしまう。
こんなのを見ると、私は無性に腹が立ちます。。。ばかめ!なぜ、もっと『自律的に、雄々しく行動する』ことを教えないのか!そんな『女々しい態度で自分に目隠しをして』どうすんだ!って思っちゃう。
“見たくない”って眼を塞(ふさ)いで、“犯罪です”って云ってれば、“暴力は勝手に消えてしまう”とか云いたいらしいが、そんなわけないだろ!全く、“憲法第九条社民党、共産党的解釈”と同じですよ!
“戦争はしたくないから、眼を瞑っていれば、戦争なんて独りでに無くなるのだ!”的発想の“車内吊広告版”だっちゃ♪

リスクは回避 [0716]
『「官僚国家の崩壊」 中川 秀直著 講談社 2008年6月第3刷 \1,700+税』 (購入\105税込み)
この本にも、「日本中枢の崩壊」よりはマイルドで、)実名こそ挙げられていないけれど、「霞ヶ関主導」で、霞ヶ関官僚達の“(密かで執拗な)世論操作”や“(巧妙で陰険な)政治家操縦”の実態を示されていますね。
これを拝見して、自民党の中にも、真剣に「脱霞ヶ関」を考えて行動されて来た政治家達が居られた事を、改めて認識しました。
「脱官僚」なんて、民主党がちょこっとやって出来るような実態では無かったようで、連中もダメだと分かったら、すたこら逃げ出した!
そして、もっと“どうなるか分からない将来の話題”に切り替えちゃった。
それと似た話ですが、この本の中、こんな一節があります。
「最近、挫折によって傷つくことを恐れている若者が増えたように思う」という一節。
(これは又聞き/又読みですが、)サッカー監督のオシム氏が、“日本の選手は、リスクを犯したがらない”という話、ゴール前でキーパーと勝負をしなかった日本選手の行動などと同様、総て“同根”なのでしょうね。
(この本には、その他、参考になる視点が幾つもあって、大変啓発されました!例えば「争点形成能力」など)

絶版勧告 [0714]
『「新しい歴史教科書」の絶版を勧告する 谷沢 永一著 ビジネス社 2001年6月第1刷 \1,400+税』 (購入\105税込み)
いやぁ、この著者の指摘は“重大事項”から“細部”にまで及んでいて、相当厳しいですね!(教科書だから、当然か!)
どうやら、「新しい歴史教科書」には、素人が、かなりラフに書いた説明・記述が多いようだと分かりました。
こんなに“誤った通説”や“主義主張”の混ぜ込みが多いと、歴史教科書として使うのは、確かに問題ですね。
門外漢が読むと、するすると読んでしまえるので、余計に危ない!
円周率を“3.14”や“3”で代用するような“手抜き教育”よりも、もっと“エグイ教育素材”かも。
やはり、この著者も仰っているように、“歴史教科書”は全廃して、沢山の参考書を、多読・併読させるべきだと思いますね。

人材論 [0712]
『「人材論」 樋口 廣太郎著 講談社 1999年12月第2刷 \1,500+税』 (購入\105税込み)
この著者は、やはり企業人だけあって、至極オーソドックスな人材育成論をお持ちで、色々な「キーワード」が参考になります。
「身なり」、「姿勢」、「礼節」、「責任」、「感謝」、「人脈」、「包容」、「先見性」、「好奇心」、「夢」などなど、私(老齢人)はこの言葉だけで、大体何を意味しているか分かるし、およその自己評価は出来るのですが、若い人達はどう見る/理解するでしょうか?
一応の“文章”は作れても、実際に“自分が実行”しようとすると、結構出来ない部分が多いのに気が付きます。(つまりは、頭だけ)
それを「実際の行動」にするには、毎日念仏のように唱え、必要な時に、勇気を出してやってみることが、大切なのでしょうね。
それが、すっと出来る人が“偉い人”で、出来ない人は“只の人”ってことでしょうけど。(笑)

日本人の悲劇 [0710]
『「国を捨てられない日本人の悲劇」 ペマ・ギャルポ著 講談社 1998年2月第1刷 \1,600+税』 (購入\105税込み)
常に思う事ですが、日本人自身よりも、外国人の方が、日本人を良く観察されていると思いますが、この本もそれ!
この本でも、私達日本人が考えるべき問題点や課題が沢山挙げられていますが、その中に、「国民」とは“誰の事?”がありました。
「市民」は山の手のインテリ?だそうです。また、自民党は、汗を流している「庶民」に寄り添うのだそうな。
国全体から見る「国民」ってのは、それぞれがあまりにも要求や行動がバラバラ過ぎますからね。
それで思い出すのは、“総論賛成−各論反対”の皮肉・悪夢
直近の話では、東北地方の災害復興で、『早期復興』が合言葉だし、どちらも主体は『被災民/国民』のはずなのに、「漁業への民間参入」と「漁業権の分割拒否」で漁連が対立しているらしい。
宮城県知事は、この問題を“国の剛腕支援”無しに、巧く裁けると思っているのかな?(私は、興味津々!)
その問題解決の支援に乗り出そうとした松本龍前復興相は、「(発言内容とは無関係な)被災民/国民の心を逆撫で!」とバッシングを受けてしまうし。それを“全国向けマスコミ”は、あれが誰と誰に向けた発言なのか、どんなメリットが出て来るかを、きちんと分析して報道すべきだったのに、恩恵を受けるはずの“被災者達”から“無用な非難”を引っ張り出してしまったようです。 ここで、教育問題に戻りますが、こうした「対象を仕分けして、細かく議論する」という訓練は、小さい頃からやっておかないといけないと思いますね。その意味でも、M.サンデル教授の哲学授業は大変な価値がある。

憲法改正 [0708]
『「憲法改正」 山 拓著 生産性出版 2001年5月第1刷 \1,600+税』 (購入\105税込み)
これは(「近未来政治研究会」のメンバーによる)大変な労作ですね。
私は、この内容のまま「改正憲法」の素案にしても良いのではないかと思いました。
最も重要な項目として、自分達が“主体的に平和を守る”ために、「具体的な手段」を持つ事を明記すべきですね。
(未だに、それに反対する人達の居ることが、私にはどうにも解せない)
それと、「基本的人権」と併せて、“権利に見合うだけの、社会への義務”として「基本的義務」を新設して明記すべきでしょう。
この「義務」(=社会的義務)については、今までは、“世間による暗黙の規制”(昔は“道徳”とか呼ばれていた?)が明文化されていなかったのが、拙かった!
だから、核家族化などに伴って、どんどん“継承性が劣化”して来て、今ではあまり有効ではなくなっています。(例えば、“世間様に顔向けが出来ない”とか“世間の厳しい目”といった昔からの暗黙の社会的規範・規制が、今ではあっさり無視される傾向にあります。それに、マスコミなどは、“個人の権利・要求が先”の一点張りですし)
何とか、早く“憲法改正”に賛同する人達が増えて欲しいものです。

規制緩和 [0706]
『「規制緩和という悪夢」 内橋 克人著 文藝春秋 1996年7月第5刷 \1,600税込』 (購入\105税込み)
私は、国の赤字財政の今、税金の無駄遣いを減らすためにも、国・政府の組織は、出来るだけ小さくして行くべきだと思っています。
その結果として、「国による規制」を減らしたらどうなるかを知りたいと思ったので、この本を買ってみたのですが、あまり参考にはならず。
この本は、当時ベストセラーだったようですが、中身は“失敗事例の紹介”だけって感じ。特に、“米国の失敗例”が大きく採り上げられていますが、素直な疑問として、それが「日本での規制緩和」の有効性を考える上で、どれだけ参考になるのかが、よく分かりませんでした。(基本的な原因分析も、無いし!)
日本での「規制緩和」で一番問題なのは、「消費者側の自己責任」をどの程度まで強められるかだと思いますが、これは確かに、今の日本では絶望的ですね。つまり、何でも彼でも“全て国任せ=親方日の丸”みたいだし、“知恵”も“気力”も無い。
結局、“規制緩和はしたいけど、出来ない事情が山盛り一杯!”というのが、今も真実でしょう。(悲)

国家の罠 [0704]
『「国家の罠」 佐藤 優著 新潮社 2005年4月第2刷 \1,600+税』 (購入\105税込み)
この本で、“プロの世界”を垣間見たような気がしました。
しかし、実に勿体無いですね!
著者の佐藤 優氏、検事の西村 尚芳氏、代議士の鈴木 宗男氏は、私達なら“いい仕事、してるなぁ!”と感嘆するのに、無理矢理罪を着せられたり、有りもしない不手際を責められたりして、仕事の適所や地位を追われてしまうってのは、本当に惜しい!
罪を着せる側は、単なる(ひが)嫉妬、無知、無能など、“人間個人の悪徳・業悪”に起因するものばかり。およそ、「国益」とか「(多くの)国民のため」と言った考え方が無いのが、特徴ですしね。
そして、それがまだ現在も続いていて、(外務省内では無能だと評価されていたそうな)小寺 次郎氏が、昨年“外務省・欧州局長”に座ったそうだし、河野 雅治元駐露大使などは、情報収集力不足(“情報を獲ってませ〜ん”)で、いきなり“更迭もの”だったですからね。(左記事)
外交関係も、こうした(無能な)人達が居座る現状ですから、北方領土などは、殆ど「日本国益の増進」は期待出来ないってことらしいが。(悲しい!)
私達一般人が、反省しなければいけないのは、マスコミ/メディアの(誘導)情報に付和雷同せず、面倒臭がらずに、こうした実態を自分達で見分ける努力をすべきだ!って事でしょうかね。

不平等? [0702]
『「封印される不平等」 橘木 俊詔ほか著 東洋経済新報社 2004年11月第5刷 \1,800+税』、『「新平等社会」 山田 昌弘著 文藝春秋 2006年9月第1刷 \1,429+税』 (購入 どちらも\105税込み)
最近、"平等・不平等”って、単なる『結果(論)』に過ぎないのではないかと思うようになりました。
だから、幾ら現状の表面的な「平等・不平等」を分析したって、何かが分かるわけでもない、と。
その意味で、左写真の右側の本(「新平等社会」)は、あまり面白くなかった。(少し読んで止めてしまいました)
左側の本(「封印される不平等」)は、数人の討論の中で「不平等の原因」らしき話題も挙がっていたので、一応目を通しました。
でも、どうしても“不平等の解消”という方向に行きたいらしいのが、煩わしかった。
『不平等』って、ホントに“有ると悪い事”なのでしょうか?そのまま受け入れてはダメなの?
それを押しているのは、単なる「嫉妬心の強さ/(人数の多さ?)」だけなのでは?
なので、『関連しそうな「自惚れ」や「向上心」の分析、あるいは「家庭環境や幼児教育」にまで踏み込んだ原因分析や改善提案』を、もっと知りたいと思いました。

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